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?甲子園通算13本塁打、高校通算64本塁打 清原は、高校1年生から4番打者として1983年夏の甲子園に出場。同級生で1年生エースの桑田とともに全国制覇を果たす。 その後、5季連続出場を果たしている。これは、出場できるすべての甲子園大会に出場という快挙である。しかも、甲子園通算13本もの本塁打を放っている(歴代1位)。 1984年のセンバツでは準優勝、夏の甲子園では名将木内監督率いる取手ニ高に延長戦の末、敗れて準優勝に終わり、優勝から遠ざかる。1985年のセンバツはベスト四止まり。だが、最後になった夏の甲子園では大会5本塁打を放ち、見事優勝を飾っている。 1984年の夏の甲子園1回戦の享栄戦で放った1試合3本塁打、1985年の夏の甲子園で放った大会5本塁打はいずれも歴代1位の記録である。 ?巨人の指名を外されて西武入団 清原は、高校卒業後の巨人入団を強く希望していた。 巨人も、王貞治監督をはじめとして首脳部が清原1位指名を断言していた。 しかし、1985年11月20日のドラフト会議で巨人は、一転して同じPL学園の甲子園20勝投手桑田真澄を1位指名。桑田が大学進学を希望していたため、他球団が指名回避したところを狙ってのものだった。 清原は、巨人以外の6球団に指名され、抽選の末、西武が交渉権を獲得した。清原は、会見で涙するが、結局西武に入団して、1年目から活躍し、31本塁打を放って新人王を獲得する。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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TITLE: 凄いよね。 |
清原軍団 URL 2005/08/27 00:46 |
TITLE: |
きよら? URL 2005/09/02 02:30 |
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